インタビュー(尼崎の女)

リチャード・ブローティガン

リチャード・ブローティガン

いや、呪われた時間こそ語られなければならない、それではじめて
悲傷や失意や屈辱に威厳があたえられるだろう
歴史の書にはけっして登場しない人びとが、じつは「波乱のアメリカ史に狼煙のごとき光を放つ」
物語を書く事の目的の一つは「名もない」と一括される人びとの名を固有名詞にして
呼び戻し、かれらの声を回復することにある
      
『寄宿詩人』

それには熱をおびた予感がある方がいい、描こうとする対象に
理由はわからないままに惹かれ、物語を書くうちに
自らのなかにあった名付けられない感情や思念に
ゆっくり光があてられてゆくだろうという予感
あるいはそれまで無知でいた視角を発見するだろうという予感
      
同上


インタビュアー(以下イ):また長く逃げましたね
どい(以下ど):年度が替わるくらい逃げました、あのインタビューの続きは?って訊かれる度に
胸がチクチク痛みました
イ:はい、では3曲目「尼崎の女」について伺って行こうと思います
ど:ハイ(高音)
イ:これはどのような経緯で生まれたのでしょうか
ど:いくつかの事柄が組み合わさって出来上がった様に思います、
まず自分の曲の作り方なんですが、作りたい、語りたい対象にそのままでもいいんですが、
動きがないし、やるせないことが多いので一滴のファンタジーというか
妄想、幻想をたらす訳です、そこで変化が生じる、無責任な言い方ですが勝手に動き出す、
その変化していく部分を描写する
イ:なるほど、少し冷淡な様にも聞こえますが
ど:そうですね、基本的に自分の主張とかアンサーは省きます、『オレはこう思ってるんだぜー」
みたいな部分が歌詞にあってもその唄の登場人物が言ってるのを描写してるって感じです
イ:この部分については尼崎の女にも当てはまる、と?
ど:大抵ファンタジーを一滴たらすというのは地上から2〜3センチ浮かせる作用、
語りたい対象を一瞬の間でも救うことが出来る、
そう思ってたんですが、この曲の場合どちらかいうと堕ちていく
自分の精神状態が一番ひどい時ってのもありましたけど
      
      

逃れることの出来ない過去は、わたしたちを滅ぼすばかりではない
それはいつも力になる可能性をたたえている
子供を平気で殴るような酔いどれのおかげで、やがて『アメリカの鱒釣り』や『芝生の復讐』が誕生した
経験というのはまったく、時に厄介な幽霊、そしてときにはかけがえのない愛人のようなもので
白黒の区別はつけがたい
      
『酔いどれから学んだこと』

ひとはどのような相手からでも、貴重な知恵をうけとる
耳をふさいでなければ、わたしたちは暴力的な酔いどれからだって学べる
ブローティガンの作品には、酔いどれや、落ちぶれた浮浪者や、
ひそかに暮らす貧しい森番や、老婆、「敗残者」や「負け犬」と世間がみなしてる者たちから
語り手が無情のおしえをうける話が数えきれないほどある
      
そのおしえとは、想像力と創意の勝利である
想像力を盾にして、底辺の人びとは生きていく力を獲得した
想像力のほかになにがあったか
想像力は神出鬼没のパルチザン
      
同上


イ:この曲を作っていた当時どういう精神状態だったんでしょうか?
ど:本当にひどい時期でした、水筒にウィスキーを入れていつも持ち歩いていたし
生と死の境目がおそろしく曖昧でベランダから飛び降りることが、そこから人に向けて
生玉子を投げつける程度のモラルと同等でした
もちろん生玉子を人に向けて投げつけなかったように、飛び降りることも無かったのですが
イ:何か出来事があってそうなったのですか?
ど:そうですね、そこまで語ろうとは思いませんが、
誰にでもあるような話ですし
でもこの曲が生まれるきっかけにもなったんだと思います
イ:その経験が無かったら生まれてなかったと
ど:そうですね、ブローティガンはそういう面での引用です、察してくれ的な
ただ曲を作る部分で、こういう言い方するとアレですけど
物凄く共感するところがあります
この曲を作ることで救われたかったし、この曲の物語も救いたかった、のに救えなかった
でもその中でしか見せられないものがあって、それこそが自分の核のような気がします
イ:はい、分かりました、では次は『Blue Blue Blue Blue』です
ど:なるべくがんばります