2/2

本はパラパラ捲るものなのか?ペラペラ? 昨日のこれを書いたあとベッドに寝転びしばらく考えていた 西と東で違ったり?(これも大阪人の悪いとこなのか、東西とは言うが別けると西を先にする) 話し言葉としてはペラペラ ペよりパのほうが口を大きく開く労力があるから 関西人は(たぶん)話すとき口を大きく広げる言葉を極力避ける 話すスピードが下がるから こういう書き言葉にも影響は出ているのか? 「話すスピードが落ちる」「話すスピードが下がる」この2つを関西人が読み上げると「下がる」のほうが速い イントネーションも関係するから難しいけど 音楽用語のクリシェに近い 繋がりが感じるほうを選ぶ

スーパーに行き、手羽元とにんじんを買う フライパンで手羽元を炊く、そこに米とにんじんを入れて炊く 4日ぶりにアルコールを飲む 振り出しに戻るようで自分への失望を感じる

2/1

アンソニー・ドーア「天空の都の物語」読了 昨日これを書いたあと、ベッドで4時くらいまで読んでた

毛布を洗って本屋へ行く、2冊購入 スーパーは寄らず 冷凍してた豚肉と米をフライパンで炊く フライパンで米から炊くのは初めてで、どうかな?と思ったけど、美味しい 昨日と同じ時間帯に食べる

天空の都の物語から言葉を引用しようとしばらくペラペラ捲ってたけどやっぱりやめる

 

1/31

昼、湯船に浸かりながら本を読む 昨晩寝落ちるまえに曲のフレーズのアイデアを思いつき、起きたら試そうと思って寝た 風呂でもそのことを考えた 700頁あった小説も残すところあと50頁ほど いい文章を読んでいるとその内容に寄せられてかどうか、別のことを考える、その考えを批評する 思考は次々に横道へ逸れ続ける メモでも残したいなと風呂をあがる PCを開くと手癖でネットを見る さっきまでの思考が上書きされていく 思い出せる断片が意味のないものに思え、書き残すのを断念する 曲のアイデアを試さねばと思うほど億劫になり散歩にでる 1時間40分ほど歩く とちゅう大型書店とスーパーに寄る 気になる本があったが、レジが行列で諦める 買ってきた白菜1/4と鶏むね肉を炊く 18時〜21時にかけてダラダラ食べる とちゅう曲のデモを録り、その上にシンセのフレーズを試す いける気がしたのでちょこちょこメモに残す 機材の電源を落とし、白菜の煮込みを食べながらギターでコード進行を考える 日付変わり3行ほど出来事を書き残してあとは本の続きを読もうと思っていたけど、また無駄に長く書いている

1/30

内臓のどこかで鈍痛が続く 食べ物が喉から下に降りていこうとせず冷凍パスタちょい残し唐揚げ5個を1日かけて食べ終える

昼に銀行までの道を30分ほど歩いたところで悪寒がするけど汗出るくらい体が火照り困惑しながら信号待ちをしていると、選挙カーが目の前を通る 駅前に安倍昭恵が応援演説にやって来るとしきりに宣伝している 車の中のやつがこちらに手を振ってきたので無視した 中指を立ててやるべきだったか そんなことしても何も変わらず嫌な気持ちにさせるだけか でも向こうが先にこちらを嫌な思いにさせてきたのでやっぱりするべきだったか 暗澹たる気持ちになる 帰り道でも同じ街宣車が滑稽なほど同じ内容のことだけ言いながら通るのを遠目に2回見かける

全然違うこと書こうと思って久しぶりに書き始めたけどまあいいか 間がかなり空いたし誰も読んでないといい どうしようもない話

7/23

いらないものを捨てて模様替えをしたら部屋がちょっと広くなった、気がする

ついでにイスを買い替えた、今まで十数年使ってたシンプルな肘掛けのない事務イスは置くとこないので捨てるまで、とベランダに出した

届いた新しいイスはゴツくて黒くて背もたれも頭より上まである、これはさぞかし快適だろうと座ってしばらくくつろいでたとき、急に圧迫感を感じて息苦しくなった

ああーせっかく買ったけどダメかもしれない、顔のすぐ真横に黒い背もたれがあるのが閉塞感を感じるからだろう

ううーっとベランダに逃げてまえのイスに30分ばかし座ってた、ふと試しに薄めのグレーのジャケットをイスの背もたれにかけて座ると何となく圧迫感が誤魔化されて座っていられるようになった

でもどうしていいかわからなくなるとベランダに出てまえのイスに座ってぼんやりする

夜でも外は暑いけどなんだか落ち着く、ベランダに出てるからか馴染みのイスのせいなのかわからない

ベランダにイスがあるのはいいことだ、たぶん

 

4月のこと

仕事でのしょうもない軋轢 どうでもいいと思いながらも、振り払えず脳内で映像がループ再生する
ささやかな変更と反抗を付け加えた内容で再生し、気持ちにキリを付ける
本を開いて文字を目で追うもいつの間にか記憶が廻ってうーっとな

酒をやめた、今後飲まないつもりではある、どうしよう飲み会とかだと飲むかも
迷っている、断って2週間、飲まずにいる為の感覚は分かった
酒は景色を変える、それはやめても同様なんだな、繁華街を歩いてるとこんなに酒に関する情報が多いのかとおもい知らされる そしてそこへ自分はもう関与しないんだということに驚く
酒をやめるとはこういうことなんだ いたしかたない

今回パタッとやめたきっかけはある、でもどう説明すればいいのかな 前々から減酒は考えていて、その日も休みでどうにかしなきゃなと思いながらも、朝から惰性でだらだら飲んでいた 次第に身体がアルコールを分解できずに顔が赤らんできてるのが分かってふと鏡を見たとき、そこに知らない誰かが映っているように感じて、というかそうとしか思えなくて、ものすごい恐怖に陥ってパニックってしまった
いままで感じたことのない感覚だった、で、買って冷蔵庫にしまってあった酒を全部流しに捨てた そのあとも「どうしようどうしよう」とおろおろして知り合いに電話し現状を伝えた それからちょっとずつ落ち着いて、近所に一時間ばかり散歩に出たらだいぶ回復した それで今後も酒をやめず同じ体験をするか、酒をやめるかの二択になり、割とすんなり酒をやめることができた

最近分かったのだけれど、酒のせいだと思っていたその症状は酒が直接の原因ではなかった
でも間接的には影響を及ぼしているはずで、飲まないに越したことはないと思っている
あとそれが分かったので外食の時は飲酒OKとした さっそくのルール変更で幸先不安ではある

ここ数日体内からアルコールが抜けた状態を経験してる
普通の人からすれば当たり前のことなんだろうけど、こんなにも視界が曇らずに過ごせるのかと長らく知らずにいた、忘れていたことすら忘れてた
音楽の聴こえ方もなんとなく違う 細部が聴こえて、その音に対して思考が働く

正直この先も酒を絶って生活できるのか不安はある、ながい目で見ればどこかでまた飲酒を再開する可能性は全然あるんだろう 今はとりあえず本を読むことで酒飲んでた時間の代わりとしてあてがってる

アルコール抜けてから読んだ本

モアメド・ムブガル・サール『人類の深奥に秘められた記憶』

宮地尚子『傷を愛せるか』

コンラッド『闇の奥』

 

 

ちこ

前の記事を書いて1時間か経ったくらいに亡くなった、仕事に行く前で最後のお別れできてよかった、身体をくるんでたタオルのままベットに寝かせた、綺麗な顔で死んでるようには見えない、視界がぼやけると呼吸してるように見えてたじろいだ、ちょっと見守って出社した、仕事中は月末の業務に忙殺されて何も感じなかった、何も感じなかったわけではない、何も考えないようにしてた、考えたけど、仕事の大半が客先ではなく上席を納得させる根拠作りでなんだか馬鹿馬鹿しくなる、仕事中内臓の痛む場所を検索したら膵臓っぽい、勝手に肝臓だと思ってたけど肝臓は痛みを感じる神経がないらしく肝臓がアウトの場合本当に終わりっぽい、16時過ぎに上席が会議で席を立った隙に逃げるように会社を出た、大阪城公園を横切りながら一人になるといろんな思い出が溢れる、ベランダから出て2軒隣の家のベランダまで行って帰ってこれずにうずくまってたこともあった、ふてこいようでビビるとおしっこを漏らす子だった、311の地震の時ともう一匹のねこがスーパーのビニール袋に絡まって走り回って暴れてた時の2回だけだった気もするけど、死んだら部屋の照明を取り替えようと思ってた、随分前から調子が悪く明かりをつけても本読むこともできないくらいの照度だった、大阪城公園突っ切ったその足でエディオンに向かい照明器具を買った、家に帰るのが正直怖かった、愛おしい存在が蝋で塗り固めたように硬直して作り物のように感じたらとそう思うと怖くなった、帰宅して手を洗いうがいをしてベッドにいるその姿を見たら家出る前と同じ寝てるだけにしか見えなくて堰切った様に嗚咽して泣いた、色々話しかけて謝ってありがとうを言った、何もやる気にならなかったけど一方的な約束事のように照明器具だけ取り替えた、部屋が明るいよちこ

 

 

 

 

亡くなる前の最後の写真